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【臨床推論】呼吸困難の鑑別と対応:緊急度・重症度別レッドフラッグ|救急現場視点

    # 【臨床推論】呼吸困難の鑑別と対応:緊急度・重症度別レッドフラッグ|救急現場視点

    目次

    呼吸困難の病院前評価ゴール|「致命的呼吸困難を見落とさず、心原性か肺原性かを振り分ける」が貫く軸

    呼吸困難は、傷病者が「息が苦しい」と訴える自覚症状です。注意したいのは、この自覚症状と、SpO2低下や呼吸数異常といった他覚的な呼吸不全とは必ずしも一致しないことです。苦しさを強く訴えても酸素化が保たれている人もいれば、本人の訴えが乏しくても危険な低酸素に陥っている人もいます(救急救命士標準テキスト第9版 呼吸困難章)。

    だからこそ救急現場では、訴えの強さに引きずられず、観察した所見から病態を組み立てる臨床推論が要になります。本記事では、呼吸困難に対する救急隊員の病院前ゴールを次の一本軸に置きます。

    致命的な呼吸困難(上気道閉塞・緊張性気胸・心原性肺水腫・massive肺塞栓 など)を見落とさず、その上で「心原性か肺原性か」を病院前で取得できる所見から振り分け、適切な医療機関へ最短で繋ぐ。

    救急隊員の臨床推論のゴール(呼吸困難主訴版)

    確定診断は救急隊員の役割ではありません。私たちのゴールは、次の4点を傷病者のために可能な限り無駄なく迅速に行うことです。

    1. 致命的な呼吸困難を見落とさない(上気道閉塞・near-fatal asthma・緊張性気胸・急性心原性肺水腫・massive PE・アナフィラキシーを想起・呼吸様式・チアノーゼ・SpO2・体位を必ず確認)
    2. 必要な処置を実施する(地域MC指示下での酸素投与・CPAPの適応判断・アドレナリン・緊張性気胸の脱気等)
    3. 対応可能な専門設備を踏まえた根拠ある病院選定(救命救急センター・CCU・循環器対応施設 等)
    4. 病院交渉と申し送り(発症様式・呼吸音の聴き分け・SpO2と酸素反応・心原性/肺原性の暫定振り分けを優先伝達)

    この記事は、その思考を「想起 → 情報収集 → 評価 → 判断」の4ステップで整理します。呼吸困難から何を思い浮かべ(想起)、何を観察・聴取し(情報収集)、心原性か肺原性かをどう評価し、どこへどう繋ぐか(判断)という流れです。臨床推論そのものの土台は、ハブ記事【臨床推論】救急隊員のための4ステップ思考プロセス入門も合わせてご覧ください。

    本記事では、ビギナー(☆)・標準課程(☆☆)・救急救命士(☆☆☆)でそれぞれ求められる知識が異なるため、レベル別に記載しています。

    下記ボタンを押下すると、選択したレベルまでの内容が積み上げ式で表示されます(☆☆ボタンなら☆と☆☆、☆☆☆ボタンなら全レベルが表示)。標準課程・救命士の見出しは個別にクリックして展開・折りたたみも可能です。

    レベル分けはあくまで目安です。標準課程の方が救命士向けの内容を読んでも、ビギナーの方が標準課程・救命士向けの内容を読んでも問題ありません。

    【本記事の到達目標】

    ☆ ビギナー:呼吸困難から、まず致命的な病態(上気道閉塞・緊張性気胸・心原性肺水腫・massive肺塞栓)を想起できる。

    ☆☆ 標準課程:心原性か肺原性かを、問診・身体所見・呼吸音の聴き分けで振り分けられる。

    ☆☆☆ 救急救命士:12誘導心電図・クリニカルシナリオ・特定行為の判断を踏まえ、搬送先を選定できる。

    あなたのレベルで表示を切り替え:

    この記事の前提条件

    本記事は、救急救命士・救急隊員(中級〜上級)を主な読者に想定しています。SpO2測定・呼吸音聴診の基本、SAMPLE・OPQRSTの聴取、酸素投与、12誘導心電図の基本所見について、ひととおりの理解があることを前提に進めます。

    用語が混同されやすいため、最初に整理しておきます。

    この記事で使う用語
    • 呼吸困難:息苦しさという自覚症状。呼吸不全(低酸素血症・高二酸化炭素血症という他覚的状態)と必ずしも一致しない。
    • 心原性 / 肺原性:呼吸困難の原因が心臓側(心不全・心原性肺水腫など)か、肺・気道側(喘息・COPD・肺炎・気胸・肺塞栓など)か、という大きな振り分け。
    • 起座呼吸:臥位で呼吸困難が増悪し、坐位で軽快する状態。心不全で典型的。
    • 発作性夜間呼吸困難(PND):就寝後しばらくして呼吸困難で目が覚める状態。心不全を示唆。
    • 心臓喘息:心不全による肺うっ血でwheeze(喘鳴)が生じる状態。気管支喘息と取り違えやすい。
    • クリニカルシナリオ(CS):急性心不全を初期収縮期血圧で分類し、初期対応の目安にする考え方。
    • wheeze(喘鳴):気道狭窄による連続性ラ音。fine crackle:肺うっ血・間質病変による細かい断続性ラ音。

    なお、本記事で扱う処置や搬送先選定のうち、CPAP(持続陽圧呼吸)の適用、アナフィラキシーに対するアドレナリン投与、緊張性気胸の脱気(減圧)、呼吸器・循環器専門施設の選定基準は、いずれも地域メディカルコントロール(MC)の指示・プロトコルに依存します。本文では一般的な考え方を示しますが、実際の実施可否は所属地域の規定に従ってください【参考情報・要確認】。

    呼吸困難から想起すべき病態

    最初のステップは「想起」です。呼吸困難という主訴を聞いた瞬間に、原因となりうる病態を幅広く思い浮かべておくことが、見落とし防止の出発点になります。

    解剖学的に「どこの問題か」で広げる

    呼吸困難の原因は、空気の通り道と循環を解剖学的にたどると整理しやすくなります(望月『救急脳のつくり方』第2回 図2 解剖学的アプローチ)。

    部位代表的な病態
    上気道喉頭浮腫(アナフィラキシー)・急性喉頭蓋炎・異物による窒息
    下気道気管支喘息・COPD急性増悪
    肺実質肺炎・ARDS・間質性肺炎・肺水腫
    肺血管肺塞栓・肺高血圧
    胸郭・胸膜気胸(緊張性/自然)・大量胸水・フレイルチェスト
    心臓急性心不全/心原性肺水腫・急性冠症候群(ACS)・心タンポナーデ
    全身代謝性アシドーシス(DKA・敗血症)・貧血・神経筋疾患・心因性(過換気)
    救急救命士標準テキストでも、呼吸困難はまず呼吸の様式で吸気性・呼気性・混合性に分けて捉えると整理されています。吸気性は喉頭蓋炎や喉頭浮腫・気道異物といった上気道狭窄、呼気性は気管支喘息やCOPD、混合性は心不全や肺・胸膜疾患に対応します(救急救命士標準テキスト第9版 呼吸困難章 表III-4-25)。「どの様式の呼吸困難か」を意識すると、想起すべき病態がぐっと絞れます。
    ☆☆ 標準課程 ☆☆ 標準課程|想起の段階で「心原性か肺原性か」の仮説を持つ

    上の部位分類を、心臓側(心原性)か肺・気道側(肺原性)かという軸でもう一度眺めておくと、後の観察が目的を持ったものになります。混合性呼吸困難に分類される心不全は、肺うっ血を介してwheezeを生じることがあり(=心臓喘息)、純粋な肺原性の喘息と紛らわしくなります。想起の段階で「心原性の可能性も常に残す」姿勢が、早期閉鎖(思い込みによる鑑別の打ち切り)を防ぎます。

    心原性か肺原性か ― 振り分けの主軸

    呼吸困難の臨床推論で最も実用的な軸が、「心原性 vs 肺原性」です。意識障害のAIUEOTIPSのような語呂で全方位に広げるより、まずこの二分で大きく方向づけるほうが病院前では動きやすくなります。

    • 心原性を示唆:起座呼吸・発作性夜間呼吸困難(PND)・両側下腿浮腫・頸静脈怒張・fine crackle(両側下肺)・ピンク色泡沫状痰・Ⅲ音・心疾患や腎不全の既往・夜間〜緩徐な発症(心不全GL2025 p.96 表22)。
    • 肺原性を示唆:呼気性のwheeze(喘息・COPD)・発熱+膿性痰(肺炎)・突発+片側呼吸音消失+胸痛(気胸)・突発+低酸素+片側下肢腫脹(肺塞栓)・喫煙歴(GINA2025/GOLD2025)。
    • そのほか(心肺以外):深く速いKussmaul呼吸+高血糖(代謝性アシドーシス・DKA)、蒼白+頻脈(貧血)、若年女性で手指・口唇のしびれ(過換気症候群=除外診断)など。
    病院前鑑別の核心は、この振り分けを病院前で取得できる所見だけ(問診+視診・触診・聴診+バイタル/12誘導心電図)で進めることです。検査に頼れない現場で、所見から仮説を立てていきます。

    キラー疾患を「超緊急・高緊急・緊急」で3層に整理する

    想起した病態は、見逃した場合の重篤さで層別化しておきます。望月『救急脳のつくり方』では、呼吸困難の超緊急疾患を6つ挙げ、上気道(A=気道)の異常と、循環(C)の閉塞性ショックに大別しています。前者は頸部聴診で上気道狭窄音、後者は頸静脈の怒張が観察の手がかりになります(第2回 図4 超緊急6疾患)。

    優先度疾患系統心原性/肺原性病院前トリガー
    超緊急上気道閉塞(窒息・喉頭蓋炎)上気道肺原性吸気性stridor・嗄声・流涎・起座位で挙顎
    超緊急アナフィラキシー(喉頭浮腫)アレルギー肺原性(上気道)アレルゲン曝露後・皮膚膨疹・stridor・嗄声
    超緊急緊張性気胸胸腔肺原性突発+片側呼吸音消失+頸静脈怒張+気管健側偏位+血圧低下
    超緊急massive肺塞栓肺血管肺原性(血管)突発呼吸困難+低酸素+頸静脈怒張+血圧低下/片側下肢腫脹
    超緊急急性心原性肺水腫(flash)心原性起座呼吸+fine crackle+ピンク色泡沫状痰+高血圧(CS1)
    超緊急near-fatal asthma下気道肺原性silent chest(呼吸音消失)・会話不能・チアノーゼ・喘息既往
    高緊急急性心不全(非flash)心原性起座呼吸・PND・両側下腿浮腫・頸静脈怒張・fine crackle
    高緊急無痛性心筋梗塞/ACS心原性高齢・糖尿病・冷汗・12誘導ST変化・呼吸困難が狭心痛等価
    高緊急重症肺炎/敗血症感染肺原性発熱+膿性痰+coarse crackle・qSOFA陽性
    高緊急COPD急性増悪下気道肺原性喫煙歴・樽状胸・呼気延長wheeze・膿性痰増加
    高緊急気胸(非緊張性)/大量胸水/中等症PE胸腔・胸膜・肺血管肺原性片側呼吸音減弱・打診の変化/S1Q3T3
    高緊急DKA(Kussmaul呼吸)代謝(心肺外)深く速い呼吸+高血糖+アセトン臭
    緊急軽〜中症喘息/軽症COPD増悪下気道肺原性会話可能なwheeze・喘息/喫煙既往
    緊急貧血/過換気症候群血液・精神(心肺外・心因性)労作時息切れ・蒼白/若年女性・しびれ・除外診断
    頻度が高い病態(気管支喘息・COPD急性増悪・肺炎・急性心不全・過換気症候群・誤嚥・自然気胸)こそ、「いつものパターン」と早期に決めつけがちです。頻度が高いことと致命的でないことは別問題。頻度高の病態を思い浮かべつつ、超緊急を一度は除外する習慣が安全につながります。
    ☆☆☆ 救命士 ☆☆☆ 救急救命士|3層化を搬送先選定に接続する

    超緊急(上気道閉塞・緊張性気胸・massive肺塞栓・flash型心原性肺水腫・near-fatal asthma)は、人工呼吸・気道確保・循環補助が即座に必要になりうる病態です。想起の段階で超緊急に該当しそうなら、観察と並行して受け入れ先の規模(救命救急センター等)を早めに意識し、現場滞在を最小化する判断につなげます。優先度3層は、観察の順番だけでなく搬送先の規模を決める物差しでもあります。

    レッドフラッグ × 心原性/肺原性マトリクス|病院前活動所作で再配置

    ここが本記事の核心です。想起した病態を、病院前活動の所作の順に「① 聴く(問診)→ ② 見る・触れる・聴診する(フィジカルアセスメント)→ ③ 測る(バイタル・資器材)」へ並べ替え、各所見に心原性/肺原性のタグを付けて整理します。

    ① 問診(聴く)

    観察項目該当所見強く疑う病態心原性/肺原性
    発症様式突発(数秒〜分)気胸・肺塞栓・アナフィラキシー・異物肺原性
    体位起座呼吸・PND急性心不全・心原性肺水腫心原性
    既往心不全・虚血性心疾患・腎不全心原性肺水腫心原性
    既往COPD・喘息・喫煙歴COPD増悪・喘息発作肺原性
    発熱・喀痰発熱+膿性痰肺炎・敗血症肺原性
    喀痰性状ピンク色泡沫状痰心原性肺水腫心原性
    アレルゲン曝露食物・蜂刺され・薬剤後アナフィラキシー(喉頭浮腫)肺原性(上気道)
    臥床・術後長期臥床・術後・悪性腫瘍肺塞栓肺原性(血管)
    起座呼吸やPND、心疾患・腎不全の既往は心原性を、喫煙歴やCOPD・喘息の既往、長期臥床・術後は肺原性を強く示唆します(第2回 レッドフラッグ対応表/心不全GL2025 p.96)。問診は「突然か・体位で変わるか・既往は何か」を軸に手早く取ります。

    ② フィジカルアセスメント(見る・触れる・聴診する)― 呼吸音の聴き分け

    呼吸困難の振り分けで、呼吸音の聴き分けは決定的な武器になります。連続性か断続性か、両側か片側か、吸気性か呼気性かを意識して聴きます。

    呼吸音・所見示唆する病態心原性/肺原性
    wheeze(両側・呼気性)喘息・COPD・心臓喘息両方(要鑑別)
    fine crackle(両側下肺)心原性肺水腫・間質性肺炎心原性
    coarse crackle(限局)肺炎・分泌物肺原性
    片側の減弱/消失気胸・大量胸水・無気肺肺原性(胸腔)
    stridor(吸気性)上気道狭窄・喉頭浮腫肺原性(上気道)
    頸静脈怒張心不全・緊張性気胸・心タンポナーデ心原性/閉塞性
    気管の健側偏位緊張性気胸肺原性(胸腔)
    両側下腿浮腫心不全心原性
    片側下肢腫脹・疼痛深部静脈血栓 → 肺塞栓肺原性(血管)
    ここでwheezeの意味づけが重要です。GINAは、聴診器なしで聞こえるwheezeを「呼気性の乱流気流に伴う高調音」と定義し、補助呼吸筋の使用・呼気延長・空気の出入りの低下などを下気道閉塞の所見として挙げています(GINA2025 p.203、p.202)。一方で、心不全による肺うっ血でも同様のwheezeが起こりうるのが「心臓喘息」です。上気道の閉塞では、吸気性のstridorや嗄声、嚥下痛が手がかりになります(アナフィラキシーガイドライン2022 p.2、p.17)。
    ☆☆ 標準課程 ☆☆ 標準課程|「両側性か左右差か」で大きく分ける

    聴診ではまず左右差の有無を確認します。片側の減弱・消失は気胸や大量胸水を、両側性のfine crackleは心原性肺水腫を示唆します。頸静脈怒張・両側下腿浮腫が揃えば心原性の可能性が高まり、逆に発熱と限局するcoarse crackleがあれば肺炎を考えます。所見を一つずつ拾い、心原性/肺原性のどちらに振れるかを更新していきます。

    ③ バイタル・資器材(測る・12誘導心電図)

    観察項目該当所見強く疑う病態心原性/肺原性
    SpO2著明低下・酸素反応が乏しい肺塞栓・重症肺炎・シャント肺原性
    呼吸数頻呼吸/切迫した徐呼吸呼吸不全全般両方
    血圧収縮期>140(flash型肺水腫)心原性肺水腫 CS1心原性
    血圧低下+頸静脈怒張閉塞性ショック(緊張性気胸・massive肺塞栓)閉塞性
    脈拍頻脈/心房細動心不全・肺塞栓・ACS心原性
    体温発熱肺炎・敗血症肺原性
    12誘導心電図S1Q3T3・右軸偏位肺塞栓(右心負荷)肺原性(血管)
    12誘導心電図ST変化・心房細動ACS・心不全心原性
    呼吸様式Kussmaul呼吸代謝性アシドーシス(DKA)(心肺外)
    COPD急性増悪では、呼吸数・心拍数・SpO2といった現場で取れる指標で重症度をおおまかに評価できます。GOLDは呼吸不全を、呼吸数・補助呼吸筋の使用・意識状態・酸素への反応で3段階に整理しています(GOLD2025 p.112-113)。呼吸数が24/分以下で意識清明、酸素で改善するなら呼吸不全なしの範疇、呼吸数が24/分を超え補助呼吸筋を使い意識が変容してくると生命を脅かす段階です。これらはすべて病院前で観察できる所見です。
    ☆☆☆ 救命士 ☆☆☆ 救急救命士|12誘導心電図とSpO2を病態の裏取りに使う

    12誘導心電図は、呼吸困難の原因が心臓側にあるかを裏づける有力な情報です。S1Q3T3や右軸偏位は肺塞栓による右心負荷を示唆します。肺塞栓では心電図上、S1Q3T3・右脚ブロック・ST低下・肺性Pなどが、中等度以上で右心負荷を示す場合に認められます(肺塞栓GL2017 p.14)。一方、ST変化や心房細動は心不全・ACSなど心原性を示唆します。

    SpO2の解釈には注意が必要です。酸素投与への反応がよければ心原性肺水腫などを、反応が乏しければ肺塞栓やシャントを相対的に考えやすくなります。なお、一酸化炭素中毒ではSpO2が見かけ上正常を示すことがあるため、状況(閉鎖空間・同様の症状者が複数など)から疑った場合はSpO2の数値を過信しないことが大切です。ただし病院前で確定はできないため、これらは判断の補助にとどめ、断定は避けます【参考情報・要確認】。

    判別を要する病態 ― 取り違えを防ぐ

    心臓喘息を気管支喘息と取り違えない

    wheezeが聞こえると反射的に「喘息」と考えがちですが、心不全による肺うっ血でもwheezeは生じます(心臓喘息)。鑑別の軸は、起座呼吸・PND・心疾患や腎不全の既往・両側下腿浮腫・fine crackleの併存です。これらが揃うときは、wheezeがあっても心原性を強く疑います(心不全GL2025 p.96/第9版 呼吸困難章 表III-4-25)。

    ☆☆ 標準課程 ☆☆ 標準課程|silent chest は「軽い」ではなく「最重症」

    喘息で「喘鳴が聞こえない(silent chest)」のは、よくなった証拠ではありません。GINAは、聴診上の静かな胸は換気がwheezeを生じないほど低下していることを示し、興奮・傾眠・錯乱は脳の低酸素の徴候だとしています。意識がもうろうとし、胸の音が静かで会話できない喘息は、ただちに高次医療機関・集中治療への搬送を要する最重症のサインです(GINA2025 p.212、p.176)。喘鳴の有無だけでなく、会話の可否と意識を併せて評価します。

    ☆☆☆ 救命士 ☆☆☆ 救急救命士|クリニカルシナリオ(CS)を血圧で使う

    急性心不全には、初期収縮期血圧で病態をおおづかみにする「クリニカルシナリオ(CS)分類」という考え方があります。収縮期血圧が高いか低いかで、現場での搬送先の意識づけがしやすくなります。

    • CS1:収縮期血圧 140mmHg超 ― 急性(びまん性)肺水腫が主体。後負荷の上昇が背景。
    • CS2:収縮期血圧 100〜140mmHg ― 全身性の浮腫が主体。
    • CS3:収縮期血圧 100mmHg未満 ― 低心拍出・低灌流/心原性ショック。
    • CS4:急性冠症候群を伴うもの。
    • CS5:右心機能不全(肺塞栓・右室梗塞など)。
    (急性・慢性心不全診療ガイドライン2017年改訂版 CS分類)

    ただし、CS分類は救急外来での初期対応を迅速に始めるための目安であり、ガイドライン自身が「血圧値のみから治療方針を決定してはならない」「初期治療後に病態を再評価する」と注意を促しています。病院前では、CSは「高血圧性のflash型か、低灌流のショック型か」を意識する材料として用い、断定的な治療判断には用いません【参考情報・要確認】。実際、急性心不全でSpO2が90%未満になる場合は酸素投与が、改善しなければNPPVが選択肢になります(心不全GL2025 p.97)。

    第一印象と初期評価

    ここからは傷病者接触後です。呼吸困難では、詳しい鑑別に入る前に、数秒〜数十秒の第一印象で「いま命に関わるか」を判断します。

    最初に見るのは、会話ができるかです。単語しか話せない、あるいは話せないのは切迫した呼吸不全のサインです。あわせて、努力呼吸(補助呼吸筋の使用・陥没呼吸・鼻翼呼吸)、チアノーゼ、体位(起座位・三脚位で踏ん張っていないか)を視認し、SpO2を即時に確認します。

    続くABCDEの初期評価では、上気道閉塞・緊張性気胸・心停止切迫の3つを最優先で除外し、必要なら酸素投与を開始します。

    消防庁の緊急度判定プロトコルでは、呼吸に関する赤1(最も緊急)の目安として、SpO2 90%未満、呼吸回数10/分未満または30/分以上が挙げられています(消防庁プロトコルVer.3 p.5 表2)。共通観察項目でも、チアノーゼ、過度の呼吸努力で会話できない(単語のみ)状態、上気道閉塞(あえぎ呼吸・陥没呼吸・シーソー呼吸など)、補助呼吸が必要、呼吸音の左右差、異常呼吸が赤1とされています(同 p.10)。これらは特別な器材なしに、見て・聴いて確認できる項目です。

    第一印象は「正常か、緊急か」をふるい分ける関所です。ここで赤1所見を拾ったら、原因の特定を待たずに酸素投与・体位調整・早期搬送の判断を前倒しします。原因の鑑別(心原性か肺原性か)は、生理学的な安定化と並行して進めます。

    観察優先フロー|動的サイクル5段階で「想起→情報収集→評価→判断」を回す

    観察は「すべて取ってから考える」のではなく、1つの所見が陽性になるたびに想起→評価を回す動的なサイクルとして進めます。呼吸困難では次の5段階を目安にします。

    段階1(接触〜30秒・観察のみ)

    意識・会話の可否、呼吸様式と努力呼吸、チアノーゼ、体位、SpO2。ここで切迫所見があれば、ただちに酸素投与と早期搬送に傾けます。

    段階2(〜2分・仮説検証)

    呼吸音の聴診(wheeze/crackle/減弱・消失)、頸静脈怒張、気管の位置、両側下腿浮腫・片側下肢腫脹、血圧・脈拍。可能なら12誘導心電図を記録します。所見が出るたびに「心原性に振れるか、肺原性に振れるか」を更新します。

    段階3(処置範囲の拡大・MC指示下)

    酸素投与の継続とCPAPの適応判断、静脈路確保など。アナフィラキシーに対するアドレナリン、緊張性気胸の脱気は、地域のプロトコル・特定行為の範囲に従います【参考情報・要確認】。

    段階4(〜5分・並行収集)

    発症様式(突発か緩徐か)、既往、起座呼吸・PNDの有無、喀痰の性状、アレルゲン曝露、臥床・術後、服薬(β遮断薬・利尿薬・抗凝固薬の中断など)、喫煙歴。

    段階5(搬送中〜引き継ぎ)

    SpO2・呼吸数・血圧・意識の経時変化、酸素投与への反応、体位の調整(起座位の保持)。仮説を更新し続け、申し送りの言葉に落とし込みます。

    この流れは、観察手技そのものの詳細(呼吸音聴診・頸静脈や気管の評価)と、状況聴取の進め方も、それぞれ現場で繰り返し確認しておきましょう(消防庁プロトコルVer.3/第9版 呼吸困難章 現場活動/現場経験に基づく運用)。

    ☆☆☆ 救命士 ☆☆☆ 救急救命士|段階3の判断軸

    段階3では、酸素投与で改善が乏しい呼吸不全や、起座呼吸+fine crackle+高血圧で心原性肺水腫を強く疑う場面で、CPAPの適応をMC指示のもとで検討します(地域差が大きいため、所属の運用に従う)。アナフィラキシーが疑われ喉頭浮腫や循環不全の徴候があれば、アドレナリンの投与判断もMCの指示・特定行為の範囲で行います。いずれも「指示下で行う」ことを前提に、判断の根拠(所見)を明確にしておくことが、指示要請と申し送りの質を高めます【参考情報・要確認】。

    対応判断|搬送区分・特定病院選定・申し送り

    評価で組み立てた仮説を、搬送先と申し送りに変換します。呼吸困難では、想定病態によって繋ぐ先の機能が変わります(地域差が大きいため、最終的には地域MCの搬送基準に従います)。

    搬送区分の判定(消防庁プロトコル準拠)

    消防庁プロトコルでも、呼吸の赤1・赤2は救命救急センター、黄は二次救急指定病院が搬送先の目安とされ、起座呼吸や著明な喘鳴といった特異項目では、救命センターや循環器対応(CCU)施設が選択肢に挙げられています(消防庁プロトコルVer.3 p.13)。急性心不全で循環動態が不安定、あるいは重症呼吸不全が改善しない場合は、CCU/ICUを備えた高次施設へすみやかに繋ぐことが重要です(心不全GL2025 p.97)。

    特定病院選定(想定病態別・地域差大)

    • 上気道閉塞・near-fatal asthma・呼吸不全の切迫:人工呼吸・確実な気道確保が可能な救命救急センター等。
    • 緊張性気胸:脱気(MC・特定行為の範囲)後、胸腔ドレナージなど外科的対応が可能な施設。
    • 急性心原性肺水腫(CS分類を意識):循環器・CCU対応が可能な施設。
    • アナフィラキシー:アドレナリン投与(地域プロトコル)を前提に、救命救急センター等。

    申し送りの優先順位

    申し送りでは、次の項目を優先して言語化します。

    呼吸困難の申し送り(優先順)
    1. 発症時刻と発症様式(突発か緩徐か)
    2. SpO2と酸素投与への反応
    3. 呼吸音の所見(wheeze/crackle/左右差)
    4. 起座呼吸・PNDの有無
    5. 心原性か肺原性かの暫定的な振り分けと、その根拠所見
    6. 経時的なバイタルの変化

    搬送先選定や処置の細目は地域MCに依存するため、本文の記述は「適応となる」「検討する」といった表現にとどめています。実際の判断は所属地域の規定に従ってください。病院選定の考え方もあわせて押さえておきましょう。なお、胸痛を伴う呼吸困難でACSや肺塞栓・気胸を強く疑う場合は【臨床推論】胸痛の鑑別と対応:緊急度・重症度別レッドフラッグ|救急現場視点も合わせて確認すると振り分けが整理できます。

    まとめ

    呼吸困難の臨床推論は、「想起→情報収集→評価→判断」の4ステップで回します。

    • 想起:部位分類(上気道〜全身)で広げ、心原性/肺原性の仮説を持ち、キラー疾患を超緊急・高緊急・緊急の3層で押さえる。
    • 情報収集:①問診(突発か・体位・既往)→②フィジカル(呼吸音の聴き分け・頸静脈・浮腫)→③バイタル・12誘導の3区分で、所見を所作の順に拾う。
    • 評価:所見が出るたびに心原性/肺原性のどちらに振れるかを更新する。
    • 判断:致命的病態の除外と振り分けに基づき、呼吸器・循環器・救命センターのいずれへ繋ぐかを決め、根拠とともに申し送る。
    現場で持ち帰っていただきたいのは、次の3点です。
    1. ゴールは「致命的な呼吸困難の除外 → 心原性か肺原性か」の一本軸。
    2. 起座呼吸・PND・頸静脈怒張・呼吸音の聴き分けが、振り分けの核心。
    3. 「心臓喘息」を喘息と早期に決めつけない。silent chestは最重症のサイン。
    【到達目標チェック】
    ☆ 呼吸困難から、まず致命的な病態を想起できましたか?

    要点回答:上気道閉塞・緊張性気胸・心原性肺水腫・massive肺塞栓・near-fatal asthmaなどの超緊急を、部位分類とキラー疾患3分割から思い浮かべる。会話の可否・努力呼吸・チアノーゼ・SpO2で「いま命に関わるか」を最初に判断する。

    ☆☆ 心原性か肺原性かを、問診・身体所見・呼吸音で振り分けられましたか?

    要点回答:起座呼吸・PND・心疾患既往・両側下腿浮腫・fine crackleは心原性、喫煙歴・wheeze・発熱+膿性痰・片側下肢腫脹は肺原性。左右差と両側性、吸気性/呼気性を意識して聴診する。wheezeがあっても心臓喘息を残す。

    ☆☆☆ 12誘導・CS分類・特定行為を踏まえ、搬送先を選定できましたか?

    要点回答:S1Q3T3は肺塞栓の右心負荷、ST変化・心房細動は心原性を示唆。CS分類は血圧で病態をおおづかみにする目安(断定には使わない)。CPAP・アドレナリン・緊張性気胸脱気はMC指示下。超緊急は救命センター、心原性肺水腫は循環器/CCUを意識して繋ぐ。

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