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【臨床推論】胸痛の鑑別と対応:緊急度・重症度別レッドフラッグ|救急現場視点

    # 【臨床推論】胸痛の鑑別と対応:緊急度・重症度別レッドフラッグ|救急現場視点

    目次

    胸痛の病院前評価ゴール|「致死的胸痛(5 killer)を見落とさない」が貫く軸

    「胸痛」は、傷病者が胸部(頸部から肋骨弓下までの体幹前面)に感じる痛みや苦痛の訴えです。胸壁・心臓・大血管・肺・胸膜・食道・横隔膜など、多彩な臓器が原因になり得ます(救急救命士標準テキスト第9版 胸痛章 表III-4-34)。

    痛みの伝わり方は大きく二つに分かれます。胸壁(皮膚・筋・骨・壁側胸膜・壁側心膜)由来の体性痛は、鋭く限局し、体動・呼吸・圧迫で増強します。一方、心臓・大血管・食道など内臓由来の内臓痛は、鈍く局在が不明瞭で「締めつけられる」「圧迫される」と表現され、自律神経反射で冷汗や悪心を伴うことがあります(胸痛章 発症機序)。さらに、内臓からの痛みが肩・頸・顎・左上肢・心窩部など離れた体表に感じられる関連痛(放散痛)も、胸痛を「胸以外の痛み」として紛らせる要因になります(胸痛章 図III-4-3)。

    胸痛が他の主訴と決定的に違うのは、頻度よりも致死性で動く主訴だという点です。頻度で言えば筋骨格性疼痛や逆流性食道炎のほうが多いのですが、その陰に「数十分で命を奪う疾患」が紛れ込みます。だからこそ救急現場では、頻度の高い病態に引きずられず、まず致死的な疾患を一度はふるい落とす臨床推論が要になります。本記事では、胸痛に対する救急隊員の病院前ゴールを次の一本軸に置きます。

    致死的胸痛(5 killer chest pain=急性大動脈解離・急性冠症候群〔ACS〕・肺塞栓症・緊張性気胸・食道破裂、これに心タンポナーデを加えた6疾患)を見落とさず除外し、適切な特定病院(PCI 可能施設/心臓血管外科/救命救急センター)へ最短で繋ぐ。

    救急隊員の臨床推論のゴール(胸痛主訴版)

    確定診断は救急隊員の役割ではありません。私たちのゴールは、次の4点を傷病者のために可能な限り無駄なく迅速に行うことです。

    1. 致死的胸痛を見落とさない(5 killer + 心タンポナーデを想起・突然発症・冷汗・背部痛・血圧左右差・苦悶様表情を必ず確認)
    2. 必要な処置を実施する(地域MC指示下での酸素投与・ニトログリセリン・アスピリン・緊張性気胸の脱気・除細動等)
    3. 対応可能な専門設備を踏まえた根拠ある病院選定(PCI 可能施設・心臓血管外科・救命救急センター 等)
    4. 病院交渉と申し送り(発症時刻・OPQRST・12誘導所見・血圧左右差・経時バイタル変化を優先伝達)

    この記事は、その思考を「想起 → 情報収集 → 評価 → 判断」の4ステップで整理します。胸痛から何を思い浮かべ(想起)、何を聴取・観察・測定し(情報収集)、致死的胸痛を除外できるかをどう評価し、どこへどう繋ぐか(判断)という流れです。臨床推論そのものの土台は、ハブ記事 【臨床推論】救急隊員のための4ステップ思考プロセス入門 も合わせてご覧ください。

    本記事では、ビギナー(☆)・標準課程(☆☆)・救急救命士(☆☆☆)でそれぞれ求められる知識が異なるため、レベル別に記載しています。

    下記ボタンを押下すると、選択したレベルまでの内容が積み上げ式で表示されます(☆☆ボタンなら☆と☆☆、☆☆☆ボタンなら全レベルが表示)。標準課程・救命士の見出しは個別にクリックして展開・折りたたみも可能です。

    レベル分けはあくまで目安です。標準課程の方が救命士向けの内容を読んでも、ビギナーの方が標準課程・救命士向けの内容を読んでも問題ありません。

    【本記事の到達目標】

    ☆ ビギナー:胸痛から、まず致死的胸痛(5 killer=大動脈解離・ACS・肺塞栓・緊張性気胸・食道破裂 + 心タンポナーデ)を想起できる。

    ☆☆ 標準課程:OPQRST・身体所見・血圧の左右差で、5 killer を病院前で取得できる所見から振り分けられる。

    ☆☆☆ 救急救命士:12誘導心電図・特定行為の判断を踏まえ、PCI 可能施設/心臓血管外科/救命救急センターを選定できる。

    あなたのレベルで表示を切り替え:

    この記事の前提条件

    本記事は、救急救命士・救急隊員(中級〜上級)を主な読者に想定しています。12誘導心電図の基本所見、OPQRST・SAMPLEの聴取、バイタル測定、血圧の左右差測定、酸素投与について、ひととおりの理解があることを前提に進めます。

    用語が混同されやすいため、最初に整理しておきます。

    この記事で使う用語
    • 胸痛(虚血性/非虚血性):心筋の虚血による痛み(虚血性)と、それ以外(大血管・肺・胸膜・食道・胸壁など)の痛みの総称。
    • 5 killer chest pain:見逃すと致死的になり得る胸痛として、急性大動脈解離・ACS・肺塞栓症・緊張性気胸・食道破裂の5疾患を指す枠組み。本記事ではこれに心タンポナーデを加えて扱う。
    • ACS(急性冠症候群):STEMI(ST上昇型心筋梗塞)・NSTEMI(非ST上昇型心筋梗塞)・不安定狭心症の総称。
    • 急性大動脈解離(Stanford A/B):上行大動脈に解離が及ぶものがStanford A、及ばないものがStanford B(大動脈解離GL2020 p.18)。
    • 肺塞栓症(PE):肺動脈が血栓などで閉塞する病態。長期臥床・術後・悪性腫瘍などが背景になる。
    • 緊張性気胸:胸腔内圧の上昇で静脈還流が妨げられ、閉塞性ショックに至る気胸。
    • 食道破裂(Boerhaave症候群):激しい嘔吐などを契機に食道が破れる病態。
    • 心タンポナーデ:心嚢液の貯留で心臓の拡張が妨げられ、心拍出が低下する病態。
    • 放散痛(関連痛):原因臓器と離れた体表(肩・顎・頸・左上肢・心窩部など)に感じる痛み。
    • OPQRST:発症様式・増悪寛解因子・性状・放散・随伴症状・時間経過を軸にした問診の枠組み。

    なお、本記事で扱う処置や搬送先選定のうち、ニトログリセリン・アスピリンの投与、緊張性気胸の脱気(減圧)、除細動・経皮ペーシング、PCI 可能施設/心臓血管外科/救命救急センターの選定基準は、いずれも地域メディカルコントロール(MC)の指示・プロトコルに依存します。本文では一般的な考え方を示しますが、実際の実施可否は所属地域の規定に従ってください【参考情報・要確認】。

    胸痛から想起すべき病態

    最初のステップは「想起」です。胸痛という主訴を聞いた瞬間に、原因となりうる病態を幅広く思い浮かべ、その中から致死的なものを最優先で意識しておくことが、見落とし防止の出発点になります。

    臓器系統で「どこの問題か」を広げる

    胸痛の原因は、胸郭内外の臓器を解剖学的にたどると整理しやすくなります(望月『救急脳のつくり方』第6回 p.84 図1 解剖学的アプローチ)。

    系統代表的な病態
    心血管系急性冠症候群(ACS)・急性大動脈解離・心膜炎・心筋炎・心タンポナーデ
    呼吸器系肺塞栓症・気胸(緊張性/自然)・胸膜炎・肺炎
    消化器系食道破裂・逆流性食道炎・食道けいれん・胆道/膵疾患
    胸壁・筋骨格系肋間神経痛・肋軟骨炎・筋骨格性疼痛
    その他帯状疱疹・心因性/不安発作・過換気症候群
    救急救命士標準テキストでも、胸痛の原因疾患は心疾患・血管疾患・胸膜疾患・食道疾患・胸壁疾患・その他に分類されています(胸痛章 表III-4-34)。ただし、内臓痛は局在が不明瞭で、関連痛によって痛みの部位と原因臓器が一致しないことが多いため、解剖学的な分岐だけでは一意に絞り込めません。系統分類はあくまで想起の出発点と捉え、主たる思考の線は次の「致死的胸痛の除外」に置くのが病院前では実用的です。

    致死的胸痛(5 killer + 心タンポナーデ)をまず除外する

    胸痛は致死性で動く主訴です。そのため、「致死的なものをまず除外し、その後に頻度の高い病態を考える」という除外戦略が、病院前で最も実用的な主訴特化のフレームになります。望月『救急脳のつくり方』でも、緊急度・重症度の高い右上の疾患群として 5 killer chest pain(大動脈解離・急性冠症候群・肺塞栓症・緊張性気胸・食道破裂) をまず想起することが繰り返し強調されています(第6回 p.87 図3)。これは救急救命士標準テキストが超緊急として挙げる疾患群(ACS・大動脈解離・肺塞栓・緊張性気胸・心タンポナーデ・特発性食道破裂)とも一致します(胸痛章 表III-4-35)。

    望月本が示す実践的な絞り込みは、レッドフラッグ(危険を示す手がかり)から右上の疾患へ逆引きするやり方です。病院前で取得しやすい手がかりごとに、まず考えるべき致死的疾患が対応づけられています(第6回 p.88-92 図5〜9)。

    レッドフラッグまず想起する致死的疾患
    突然発症(秒・分単位)大動脈解離・ACS・肺塞栓(+自然気胸)
    冷汗5 killer 全般・心タンポナーデ
    安静時に持続する痛み5 killer 全般・心タンポナーデ・心膜炎
    背部痛大動脈解離・ACS
    頸部痛大動脈解離・ACS
    嘔吐(後の胸痛増悪)大動脈解離・ACS(食道破裂も)
    頸静脈怒張緊張性気胸・心タンポナーデ
    呼吸困難の合併5 killer 全般・心タンポナーデ
    とくに発症様式は強力な手がかりです。望月本は、秒・分単位の突然発症であれば血管病変(大動脈解離・ACS・肺塞栓)を最優先で想起することを核心に置いています(第6回 FOCUS)。「急性発症」と「突然発症」は時間の幅が異なるため、「秒単位で急になりましたか?」と確認して発症様式を確定させる、という問診の所作まで具体的に示されています(第6回 p.93)。

    各疾患を示唆する代表的な所見の組み合わせは、次のとおりです。

    • ACS:締めつける/圧迫される胸痛、労作で増悪、20分以上の持続、冷汗・嘔気、肩・顎・左上肢・心窩部への放散、虚血性心疾患・糖尿病・喫煙の既往(ACS GL2018/胸痛章 表III-4-35)。
    • 急性大動脈解離:突然の引き裂かれるような痛み、背部・腰への移動、血圧の左右差、脈拍欠損、失神・神経症状、高血圧の既往(大動脈解離GL2020 p.333)。
    • 肺塞栓症(PE):突然の呼吸困難と胸痛、低酸素、頻呼吸、片側下肢の腫脹・疼痛、長期臥床・術後・悪性腫瘍(肺塞栓GL2017 p.8-9)。
    • 緊張性気胸:突然の胸痛+片側呼吸音の消失・減弱、頸静脈怒張、気管の健側偏位、血圧低下(胸痛章 表III-4-35)。
    • 食道破裂:激しい嘔吐の直後に増悪する胸痛、皮下気腫(胸痛章 表III-4-35)。
    • 心タンポナーデ:頸静脈怒張・血圧低下・心音減弱の組み合わせ(古典的にBeck三徴として知られる徴候)【標準的見解】(胸痛章 表III-4-35)。

    キラー疾患を「超緊急・高緊急・緊急」で3層に整理する

    想起した病態は、見逃した場合の重篤さで層別化しておきます。ここでは緊急度・重症度の高い順(除外できないもの順であって、頻度順ではありません)に3層で整理します。

    優先度疾患系統病院前トリガー
    超緊急STEMI(ST上昇型心筋梗塞)循環(心)締めつける胸痛が20分以上+冷汗+12誘導ST上昇+放散(肩/顎/左腕)
    超緊急急性大動脈解離(Stanford A)循環(大血管)突然の引き裂かれる痛み+背部へ移動+血圧の左右差+脈拍欠損/失神・神経症状
    超緊急緊張性気胸呼吸(胸腔)突然の胸痛+片側呼吸音消失+頸静脈怒張+気管健側偏位+血圧低下
    超緊急心タンポナーデ循環(心膜)頸静脈怒張+血圧低下+心音減弱/12誘導の低電位・電気的交互脈
    超緊急食道破裂(Boerhaave)消化器激しい嘔吐後に増悪する胸痛+皮下気腫
    高緊急NSTEMI/不安定狭心症循環(心)安静時・増悪する胸部圧迫感+12誘導ST低下/陰性T+虚血既往
    高緊急肺塞栓症(massive/中等症PE)呼吸(肺血管)突然の呼吸困難+胸痛+低酸素+頻呼吸+片側下肢腫脹/長期臥床・術後
    高緊急Stanford B 解離循環(大血管)突然の背部・胸部痛+高血圧既往(左右差はA型より乏しいことあり)
    高緊急心筋炎循環(心)先行する感冒様症状+胸痛+不整脈/心不全徴候(若年でも重症化)
    緊急心膜炎循環(心膜)鋭い胸痛+前傾で軽快・吸気/臥位で増悪+摩擦音
    緊急自然気胸呼吸(胸腔)突然の胸痛+片側呼吸音減弱(痩せ型若年 or COPD)
    緊急帯状疱疹その他(皮膚/神経)デルマトーム分布の疼痛・水疱(皮疹は遅れて出ることあり)
    緊急逆流性食道炎消化器食後・臥位で増悪する灼熱感+制酸薬で軽快
    緊急胆道/膵疾患消化器心窩部〜右季肋部痛+食事関連+背部放散
    緊急胸膜炎呼吸(胸膜)吸気で増悪する鋭い胸痛+先行感染
    頻度高(非致死)肋間神経痛/筋骨格性疼痛胸壁体動・圧迫で再現する限局痛・持続性
    頻度高(非致死)不安発作/過換気症候群精神若年・心理的誘因+手指口唇のしびれ+反復(除外診断)
    胸痛で実際に多く出会うのは、ACS・肋間神経痛/筋骨格性疼痛・逆流性食道炎・不安発作(過換気)・心膜炎といった病態です。頻度が高いからこそ「いつものパターン」と早期に決めつけがちですが、頻度が高いことと致命的でないことは別問題です。頻度の高い病態を思い浮かべつつ、超緊急を一度は除外する習慣が安全につながります。
    ☆☆ 標準課程 ☆☆ 標準課程|レッドフラッグで「右上」へ寄せる

    想起の段階では、まず疾患名を網羅することより、突然発症・冷汗・安静時持続・背部痛・頸部痛・嘔吐といったレッドフラッグを拾い、致死的疾患(5 killer + 心タンポナーデ)へ意識を寄せることが重要です。たとえ最終診断が違っても、「真っ先に考えるべき疾患」を外さなければ大きな事故は防げます。OPQRSTで所見が一つ増えるたびに、致死的疾患の可能性を更新していきます。

    ☆☆☆ 救命士 ☆☆☆ 救急救命士|3層化を搬送先選定に接続する

    超緊急(STEMI・Stanford A 解離・緊張性気胸・心タンポナーデ・食道破裂)は、再灌流療法・緊急手術・脱気・心嚢ドレナージなどが分単位で必要になりうる病態です。想起の段階で超緊急に該当しそうなら、観察と並行して受け入れ先の機能(PCI 可能施設・心臓血管外科・救命救急センター)を早めに意識し、現場滞在を最小化する判断につなげます。優先度3層は、観察の順番だけでなく、搬送先の機能と緊急度を決める物差しでもあります。

    レッドフラッグ × 致死的胸痛除外マトリクス|病院前活動所作で再配置

    ここが本記事の核心です。想起した病態を、病院前活動の所作の順に「① 聴く(問診・OPQRST)→ ② 見る・触れる・聴診する(フィジカルアセスメント)→ ③ 測る(バイタル・12誘導心電図)」へ並べ替え、各所見に致死的胸痛のタグ(◎=5 killer + 心タンポナーデ)を付けて整理します。詳しい聴取・観察の手順は、状況聴取と詳細観察に分けて押さえておきましょう。

    ① 問診(聴く・OPQRST を病態に直結させる)

    OPQRSTは、ただ機械的に埋めるのではなく、各項目を病態の仮説に直結させて聴くと振り分けの精度が上がります。

    OPQRST該当所見強く疑う病態致死的胸痛
    O 発症様式突発・瞬間に最大大動脈解離・PE・気胸・食道破裂
    O 発症様式数分で増悪・労作性ACS◎(ACS)
    P 増悪/寛解体位・呼吸で変動心膜炎・胸膜炎・筋骨格(非致死寄り)
    P 増悪/寛解労作で増悪・安静で軽快狭心症(ACS)◎(ACS)
    Q 性状締めつけ・圧迫感ACS◎(ACS)
    Q 性状引き裂かれる・移動する急性大動脈解離
    Q 性状鋭い・刺すよう胸膜炎・気胸・心膜炎(気胸は◎)
    R 放散肩・顎・頸・左腕・心窩部ACS◎(ACS)
    R 放散背部・腰へ移動急性大動脈解離
    S 随伴症状冷汗・嘔気・失神・呼吸困難致死的胸痛全般
    S 随伴症状激しい嘔吐後の胸痛食道破裂
    S 随伴症状片側下肢の腫脹・疼痛肺塞栓(PE)
    T 時間経過20分以上持続ACS(心筋梗塞示唆)◎(ACS)
    既往虚血性心疾患・糖尿病・喫煙・脂質異常ACS◎(ACS)
    既往高血圧・Marfan大動脈解離
    既往長期臥床・術後・悪性腫瘍肺塞栓(PE)
    性状(Q)は典型像が出やすい項目です。締めつける・圧迫されるはACS、引き裂かれる・移動するは大動脈解離を強く示唆します(胸痛章 表III-4-35/大動脈解離GL2020 p.333)。放散(R)では、肩・顎・頸・左上肢・心窩部はACSの関連痛として知られ(胸痛章 図III-4-3)、背部・腰へ移動する痛みは解離を疑わせます。望月本も、頸部痛があれば大動脈解離とACSの2つにまず絞れると述べています(第6回 p.91 図9)。

    ② フィジカルアセスメント(見る・触れる・聴診する)

    観察項目該当所見強く疑う病態致死的胸痛
    顔貌・皮膚苦悶様・冷汗・蒼白致死的胸痛全般
    頸静脈怒張あり心タンポナーデ・緊張性気胸・PE
    気管健側へ偏位緊張性気胸
    呼吸音片側の減弱/消失気胸(緊張性/自然)◎(緊張性)
    心音心音減弱心タンポナーデ
    皮下気腫頸部・胸部の握雪感食道破裂・気胸
    下肢片側性の腫脹・疼痛深部静脈血栓 → 肺塞栓◎(PE)
    皮膚デルマトーム分布の水疱帯状疱疹(非致死)
    苦悶様の表情・冷汗・蒼白は、致死的胸痛全般に共通する重要な手がかりです。頸静脈怒張は、心タンポナーデ・緊張性気胸・肺塞栓といった閉塞性ショックを来す病態で共通して見られます(第6回 p.92)。気管の健側偏位は緊張性気胸を、片側の呼吸音消失・減弱は気胸を、皮下気腫は食道破裂や気胸を示唆します(胸痛章 表III-4-35)。なお、心タンポナーデの「頸静脈怒張・血圧低下・心音減弱」や食道破裂の縦隔気腫に伴う徴候は、古典的な所見として知られていますが、病院前で固有の徴候名や数値を確定的に当てはめるより、個々の所見の組み合わせから致死的病態を疑う姿勢に留めるのが安全です【標準的見解】。

    ③ バイタル・資器材(測る・12誘導心電図)

    観察項目該当所見強く疑う病態致死的胸痛
    12誘導心電図ST上昇STEMI
    12誘導心電図ST低下・陰性TNSTEMI/不安定狭心症
    12誘導心電図低電位・電気的交互脈心タンポナーデ
    12誘導心電図S1Q3T3・右軸偏位肺塞栓(右心負荷)◎(PE)
    血圧左右差・脈拍欠損急性大動脈解離
    血圧低下+頸静脈怒張閉塞性ショック(緊張性気胸・PE・タンポナーデ)
    SpO2著明な低下PE・気胸・心原性肺水腫
    脈拍頻脈・徐脈・不整致死性不整脈の合併・ACS
    ☆☆☆ 救命士 ☆☆☆ 救急救命士|12誘導心電図を病態の裏取りに使う

    12誘導心電図は、ACSをはじめとする致死的胸痛の裏づけに有力な情報です。ST上昇は、虚血責任冠動脈の完全閉塞による貫壁性虚血を示唆し、再灌流療法の適応を決める重要な所見です。ガイドラインは、隣接する2つ以上の誘導でのST上昇を基準とし、V2-3誘導とそれ以外で上昇の程度の目安を分けて示しています(ACS GL2018 p.43)。ST上昇に先行してT波が尖鋭・増高すること(hyperacute T)があり、右室梗塞では右側胸部誘導(V4R)の、後壁梗塞では背側部誘導(V7-9)のST上昇が手がかりになります(ACS GL2018 p.45)。ST低下(心内膜下虚血を反映)は、入院時に認める場合は予後不良の予測因子とされています(ACS GL2018 p.47)。

    肺塞栓では、S1Q3T3・右脚ブロック・ST低下・肺性Pなどが、中等度以上の急性肺塞栓で右心負荷を示す場合に認められます(肺塞栓GL2017 p.14)。心タンポナーデの低電位・電気的交互脈は、古典的に知られる所見ですが病院前で確定する性質のものではなく、あくまで疑いの補助に留めます【標準的見解】。血圧の左右差や脈拍欠損は大動脈解離を、血圧低下+頸静脈怒張は閉塞性ショックを示唆します。これらは「指示要請と申し送りの根拠」として記録し、病院前で診断を確定するためではなく、疑いを言語化するために用います。

    判別を要する病態 ― 取り違えを防ぐ

    「胸痛がないACS」を早期閉鎖しない(無痛性心筋梗塞・非典型ACS)

    ACSは必ずしも強い胸痛を伴いません。ガイドラインは、非典型的・軽微な症状が重篤なACSであることもまれではなく、症状の性状だけでACSを除外してはならないとし、非典型症状はとくに高齢者・糖尿病・女性で多いと注意を促しています(ACS GL2018 p.36)。実際、無痛性の心筋梗塞では、高齢・女性・糖尿病の割合が高く、病院受診までの時間が長く診断も遅れやすいことが示されています(ACS GL2018 p.63)。望月本も、高齢者や糖尿病のある人は明らかな痛みを訴えないことが多く、「胸が苦しい」「胸が重い」もACSを示唆する胸痛として扱うよう述べています(第6回 p.81-82)。冷汗・嘔気・呼吸困難・肩や顎・心窩部への放散が前面に出ているときは、痛みが乏しくてもACSを残します。

    12誘導心電図の落とし穴 ― 「初回正常」でも否定できない

    12誘導心電図で最も危険な誤りは、「初回が正常だからACSではない」と判断することです。ガイドラインは、初回心電図に異常がないという理由でACSを除外することはできず、1回の記録だけで判断せず比較することで診断精度が向上すると明記しています(ACS GL2018 p.43)。後壁・右室梗塞は通常の12誘導では捉えにくく、見落としやすい点にも注意します(ACS GL2018 p.45)。近年は海外のガイドラインでも、救急隊員による病院前12誘導の記録とSTEMIの早期識別が重視される流れにありますが、国内でも最初の医療従事者(救急隊を含む)接触からの再灌流時間短縮が治療目標とされており(ACS GL2018 p.34)、接触後できるだけ早い記録と経時的な比較が推奨されます。望月本も、non-STEMI(非ST上昇型)があるためST上昇がなくても心筋梗塞は除外できないとし、変化があれば「STが上がっているように見える」の一言を病院連絡に添えるよう助言しています(第6回 p.83)。

    急性大動脈解離をACSと取り違えない

    最も避けたい取り違えが、大動脈解離とACSの混同です。両者は初期対応の方向性が異なり得るため(一般にACSでは抗血栓療法、解離では血圧管理が重視される)、取り違えは致命的になり得ます。解離を疑う臨床所見として、突然生じる激烈な胸背部痛、移動性の疼痛、血圧の左右差・上下肢差、脈拍欠損、ショック、意識障害・下肢麻痺などが挙げられています(大動脈解離GL2020 p.333)。さらに、9〜20%は典型的な疼痛がなく失神を来し、解離が頸動脈・椎骨動脈に及ぶと神経症状を示すことがあります(大動脈解離GL2020 p.310-311)。望月本の症例でも、「突然、右下顎を殴られたような痛み」で発症し、痛みが移動した53歳男性が急性大動脈解離(Stanford A型)でした(第6回 p.84・p.95)。病院前では確定診断はできないため、所見から「解離を疑う」までに留め、その根拠を申し送りで明確に伝えます。

    第一印象と初期評価

    ここからは傷病者接触後です。胸痛では、詳しい鑑別に入る前に、数秒〜数十秒の第一印象で「いま命に関わるか」を判断します。

    最初に視認するのは、苦悶様の表情・冷汗・顔面蒼白・ショック徴候・会話の可否・体位です。望月本は、苦悶様表情は激痛を意味し、たとえ冷汗が目立たなくても皮膚を触れて冷たく湿っていれば冷汗と判断する、という現場の所作を示しています(第6回 p.94)。あわせてSpO2を即時に確認します。

    続くABCDEの初期評価では、ショック/心停止の切迫・致死性不整脈・緊張性気胸を最優先で除外し、必要なら酸素投与とモニタ装着に進みます。消防庁の緊急度判定プロトコルでは、循環の赤1(最も緊急)の目安として、ショックの徴候(蒼白・虚脱・冷汗・脈拍触知不能・呼吸困難等)が挙げられ、救命救急センターが搬送先の目安とされています(消防庁プロトコルVer.3 p.398)。救急救命士標準テキストでも、まず意識状態とバイタルサイン、ショック所見の有無を確認することが現場活動の起点とされています(胸痛章 現場活動)。

    12誘導心電図は、接触後できるだけ早く記録し、以後の経時的な比較の起点とします(ACS GL2018 p.43)。VF/VT・心原性ショック・心タンポナーデの進行・解離の破裂など、急変のリスクを念頭に置いて準備を整えながら対応します。

    第一印象は「正常か、緊急か」をふるい分ける関所です。ここで苦悶様表情やショック徴候を拾ったら、原因の特定を待たずに酸素投与・体位管理・早期搬送の判断を前倒しします。原因の鑑別(どの致死的胸痛か)は、生理学的な安定化と並行して進めます。

    観察優先フロー|動的サイクル5段階で「想起→情報収集→評価→判断」を回す

    観察は「すべて取ってから考える」のではなく、1つの所見が陽性になるたびに想起→評価を回す動的なサイクルとして進めます。胸痛では次の5段階を目安にします。

    段階1(接触〜30秒・観察のみ)

    意識・会話の可否、苦悶様/冷汗、顔面蒼白、体位、SpO2、両側の橈骨動脈触知。ここで切迫所見があれば、ただちに酸素投与・体位管理と早期搬送に傾けます。

    段階2(〜2分・仮説検証)

    OPQRSTの要点、血圧の左右差、頸静脈怒張・気管の位置・呼吸音、そして可能なら12誘導心電図の記録。所見が出るたびに「どの致死的胸痛に振れるか」を更新します。血圧の左右差と12誘導は、この段階で優先的に取りにいくのが胸痛の特徴です。

    段階3(処置範囲の拡大・MC指示下)

    酸素投与の継続、静脈路確保など。ニトログリセリン・アスピリンの投与、緊張性気胸の脱気、除細動は、地域のプロトコル・特定行為の範囲に依存するため、いずれも「指示下で行う」ことを前提とします【参考情報・要確認】。

    段階4(〜5分・並行収集)

    発症時刻・発症様式、既往(心疾患・高血圧・糖尿病)、服薬(抗凝固薬・狭心症薬など)、喫煙、長期臥床・術後の有無。

    段階5(搬送中〜引き継ぎ)

    胸痛の推移、バイタル・SpO2・意識の経時変化、12誘導の経時変化、体位の調整。仮説を更新し続け、申し送りの言葉に落とし込みます。

    観察手技そのものの詳細(血圧の左右差測定・頸静脈や気管の評価・呼吸音や心音の聴診)と、状況聴取の進め方は、それぞれ現場で繰り返し確認しておきましょう(消防庁プロトコルVer.3/胸痛章 現場活動/現場経験に基づく運用)。

    ☆☆ 標準課程 ☆☆ 標準課程|段階2で「左右差」を取りにいく

    胸痛の段階2では、血圧の左右差の測定を後回しにしないことが大切です。左右差や脈拍欠損は大動脈解離を疑う数少ない病院前所見であり、ACSと取り違えると初期対応の方向が変わり得ます。OPQRSTで「引き裂かれる」「移動する」「背部へ」といった性状が出たら、左右差の測定を意識的に組み込みます。

    ☆☆☆ 救命士 ☆☆☆ 救急救命士|段階3の判断軸

    段階3では、酸素投与(低酸素血症や心不全徴候があるとき)に加え、ニトログリセリン・アスピリン・静脈路確保などをMC指示のもとで検討します。ガイドラインは、SpO2 90%未満または心不全徴候のある患者への酸素投与、虚血性胸部症状へのニトログリセリン舌下/口腔内噴霧、病院外でもアスピリン162〜200mgの咀嚼服用に言及していますが(ACS GL2018 p.65・p.68)、これらの記述は医師の関与や院内を前提に含むため、病院前での実施可否は地域MCの指示・特定行為の範囲に従うことが前提になります。除細動・経皮ペーシング、緊張性気胸の脱気も同様に地域差が大きい領域です。いずれも「指示下で行う」ことを前提に、判断の根拠(所見)を明確にしておくことが、指示要請と申し送りの質を高めます【参考情報・要確認】。

    対応判断|搬送区分・特定病院選定・申し送り

    評価で組み立てた仮説を、搬送先と申し送りに変換します。胸痛では、想定病態によって繋ぐ先の機能が変わります(地域差が大きいため、最終的には地域MCの搬送基準に従います)。

    搬送区分の判定(消防庁プロトコル準拠)

    消防庁の緊急度判定プロトコルでも、胸痛の特異項目として、心原性の胸痛・裂けるような胸痛・20分以上続く絞扼痛・血圧の左右差が挙げられ、CCU を備えた救命救急センターや特定機能病院が搬送先の目安とされています(消防庁プロトコルVer.3 p.402-403)。ガイドラインは、STEMIで最初の接触からPCIまで90分以内、血栓溶解療法では接触から投与まで30分以内を治療目標としており(ACS GL2018 p.34)、現場滞在の短縮と適切な施設選定が時間目標の達成に直結します。

    特定病院選定(想定病態別・地域差大)

    • STEMI・ショック合併のACS:PCI 可能な循環器/救命救急センター。再灌流までの時間短縮(door-to-balloon の短縮)が予後を左右します。
    • 急性大動脈解離(Stanford A):心臓血管外科に対応できる施設。ACSと初期対応が異なり得るため、誤搬送の回避がとくに重要です。
    • 緊張性気胸:脱気(MC・特定行為の範囲)後、胸腔ドレナージなど外科的対応が可能な施設。
    • massive 肺塞栓(閉塞性ショック):救命救急センター。
    • 食道破裂:外科的対応が可能な施設。
    病院選定の考え方もあわせて押さえておきましょう。なお、突然の呼吸困難を伴い肺塞栓や緊張性気胸を疑う場合は 【臨床推論】呼吸困難の鑑別と対応:緊急度・重症度別レッドフラッグ|救急現場視点 も合わせて確認すると振り分けが整理できます。

    申し送りの優先順位

    申し送りでは、次の項目を優先して言語化します。

    胸痛の申し送り(優先順)
    1. 発症時刻と発症様式(突然か・秒/分単位か)
    2. OPQRSTの要点(性状・放散・持続時間・増悪寛解)
    3. 12誘導心電図の所見(ST変化の部位・経時変化の有無)
    4. 血圧の左右差・SpO2
    5. 随伴症状(冷汗・嘔気・失神・呼吸困難・神経症状)
    6. 致死的胸痛の暫定的な除外状況と、その根拠所見
    7. 経時的なバイタルの変化

    搬送先選定や処置の細目は地域MCに依存するため、本文の記述は「適応となる」「検討する」といった表現にとどめています。実際の判断は所属地域の規定に従ってください。

    まとめ

    胸痛の臨床推論は、「想起→情報収集→評価→判断」の4ステップで回します。

    • 想起:臓器系統で広げたうえで、致死的胸痛(5 killer + 心タンポナーデ)をまず除外する。キラー疾患は超緊急・高緊急・緊急の3層で押さえ、頻度の高い病態は別枠で意識して早期閉鎖を防ぐ。
    • 情報収集:① 問診(OPQRSTを病態に直結)→ ② フィジカル(頸静脈・気管・呼吸音・心音・皮下気腫)→ ③ バイタル・12誘導心電図の3区分で、所見を所作の順に拾う。
    • 評価:所見が出るたびに、どの致死的胸痛に振れるか・除外できるかを更新する。
    • 判断:致死的胸痛の暫定除外に基づき、PCI 可能施設/心臓血管外科/救命救急センターのいずれへ繋ぐかを決め、根拠とともに申し送る。
    現場で持ち帰っていただきたいのは、次の3点です。
    1. ゴールは「致死的胸痛(5 killer + 心タンポナーデ)の除外」を最優先に置くこと。
    2. OPQRSTと血圧の左右差・12誘導心電図が、振り分けの核心。
    3. 「無痛性心筋梗塞・非典型ACS」と「ACSと大動脈解離の取り違え」を早期に閉じないこと。
    【到達目標チェック】
    ☆ 胸痛から、まず致死的胸痛(5 killer + 心タンポナーデ)を想起できましたか?

    要点回答:大動脈解離・ACS・肺塞栓・緊張性気胸・食道破裂、これに心タンポナーデを加えた致死的疾患を、臓器系統とキラー疾患3分割から思い浮かべる。苦悶様表情・冷汗・蒼白・ショック徴候・会話の可否・SpO2で「いま命に関わるか」を最初に判断する。

    ☆☆ OPQRST・身体所見・血圧の左右差で、5 killer を振り分けられましたか?

    要点回答:締めつけ=ACS、引き裂かれる/移動=大動脈解離、突発+呼吸困難=気胸/PE、嘔吐後の激痛=食道破裂。突然発症・冷汗・背部痛・頸部痛などのレッドフラッグで右上(致死的疾患)へ寄せ、血圧の左右差・頸静脈怒張・気管偏位・呼吸音を併せて評価する。

    ☆☆☆ 12誘導・特定行為判断を踏まえ、搬送先を選定できましたか?

    要点回答:ST上昇=STEMI、ST低下/陰性T=NSTEMI/不安定狭心症、S1Q3T3=肺塞栓の右心負荷。初回正常でもACSは否定できず経時比較が重要。ニトロ・アスピリン・脱気・除細動はMC指示下。STEMI・ショック合併ACSはPCI可能施設、Stanford A解離は心臓血管外科、massive PEは救命救急センターを意識して繋ぐ。

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