この記事では、救急現場で行われる活動「病院交渉」について解説しています。
病院交渉が緊張する理由のひとつは、「何をどの順番で伝えるか」が体に染み込んでいないことにあります。伝達フローを整理しておくと、短時間でも必要な情報を正確に伝えやすくなります。
この記事では、電話交渉の伝達フロー・例文テンプレート・受け入れ不可時の対応を整理します。
新人救急隊員はもちろん、交渉の伝え方を後輩に指導する立場の方にも役立つ内容です。
病院交渉は、選定した医療機関に受け入れの可否を確認する工程です。
病院選定の考え方や救急活動の全体の流れ、他の活動については↓記事から確認してください。
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- 執筆者|救急隊(救急救命士)を10年以上、現役で活動中
- エビデンス|各参考資料(末尾に記載)
免責事項:本記事の内容は、消防吏員(救急隊員など)向けに一般的な知識の提供を目的としています。
実際の対応は必ず所属機関の運用基準・指示に従ってください。
特に病院交渉の手順は、地域や所属機関のプロトコルによって運用が異なります。
他の医療従事者(医師・看護師など)が病院内で行う行為と一部記述に差異(簡略化など)がある箇所がありますのでご了承ください。
※各MCプロトコール・活動する環境(人数含む)・資格による行える処置・使用できる資機材等のため
それでは、共に学びましょう!
病院交渉とは
病院交渉とは、選定した医療機関に対して、傷病者の受け入れが可能かどうかを確認するための電話連絡・調整業務を指します。PEMEC(救急隊員による疾病の観察・処置の標準化プログラム)では、受け入れ医療機関に対して行う最初の連絡を「ファーストコール」と呼び、本記事で扱う病院交渉はこれに相当します。【標準的見解】(日本臨床救急医学会『PEMECガイドブック2023』)
受け入れの可否を最終的に判断するのは医療機関です。救急隊の役割は、判断に必要な情報を簡潔かつ正確に伝えることです。
病院交渉の方法・伝達内容・優先順位は、消防本部・都道府県のメディカルコントロール協議会が定めるプロトコルによっても異なります。以下は一般的な考え方の整理であり、所属機関の運用手順があれば優先してください。
救急活動フローにおける位置づけ
病院交渉はハブ記事(救急活動の流れ)内の STEP 7 に相当します。
- 状況評価
- 初期評価
- 全身観察+詳細観察
- バイタル測定
- 状況聴取
- 病院選定
- 病院交渉 ← この記事
- 搬送+継続観察
- 医師引継ぎ
- 引き揚げ
交渉前に整理しておく情報
電話連絡の前に、伝達すべき情報をあらかじめ整理しておくことで、スムーズなやり取りにつながります。
求められる情報の例:
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 人定 | 年齢・性別・氏名(確認できている範囲で) |
| 現病歴 | 主訴・発症時刻・経緯 |
| 観察と評価・処置 | 初期評価・観察所見・疑い疾患・実施した処置 |
| バイタルサイン | 意識・呼吸・脈拍・SpO2・血圧・体温 |
| 既往・服薬 | 既往歴・かかりつけ・内服薬(確認できている範囲で) |
| 搬送情報 | 病院到着までの推定時間・同乗者の有無・ADL |
緊急度が高い場合や意識障害・認知の関係で全ての情報がまとまっていなくても、病院交渉を開始する必要な場面もあります。その場合は「現時点で確認できている情報」として伝達し、追加情報は随時報告します。
伝える情報は、次のように整理すると無駄な情報のやり取りを防げます。
- 先に伝える情報:病院が受け入れの可否を判断するために必要な情報のみに絞って、簡潔に伝えます。
- 後から伝える情報:受け入れの可否が決まった後に、生年月日など、病院到着後に必要な情報を追加情報として伝えます。ただし、かかりつけの病院に対しては、病院側がカルテを確認することを考え、病院の患者IDと合わせて先に伝えたほうがよいこともあります。
- 隊内の役割分担:上記の内容は、搬送開始までには、遅くとも医師への申し送りまでには集めておきたい情報です。必要な処置・臨床推論・病院選定に必要な情報が集まった段階で病院交渉を開始し、交渉中に他の隊員が情報を集めるなど、隊として分担すると現場滞在時間の短縮を図れます。
電話交渉の伝達フロー
病院側の視点では、救急隊からの受け入れ電話で知りたい内容は次の3点に整理できます。これらを意識すると、伝える情報の優先順位をつけやすくなります。
- 受け入れ可否を判断するために必要な情報
- 既往歴などの追加情報
- 到着時刻
これを踏まえ、病院交渉の伝達は、おおむね以下の5段階で進めます。
1. 要請の概要を伝える
1-1. 自己紹介
まず所属と氏名を名乗ります。
例:○○救急隊の△△です。
特定行為(気管挿管・薬剤投与・拡大2行為など)の指示要請が必要な場面では、認定救命士であることを合わせて伝えます。指導医師が指示内容を判断するために必要な情報です。
例:○○救急隊、気管挿管・薬剤・拡大2行為 認定救命士の△△です。
1-2. 疑い疾患と受け入れ要請を伝える
疑い疾患を冒頭に伝えることで、以下の効果が期待できます。
- 対応可能な医師が不在・手術中などによる早期の受け入れ不能判断が可能になる
- 医師・看護師側がこの後の情報を聞く準備ができる
例:脳疾患が疑われる傷病者の受け入れ要請です。
疾患の大分類として、脳・呼吸器・循環器・消化器などの疾患、または外傷(交通・一般)などの形で伝えます。
2. 現在の状況を伝える
医療機関側はまず「今どういう状態か」を知りたい場合が多いため、現在の状況(主訴・現病歴・観察所見・バイタルなど)を先に伝え、既往などの過去の状況はその後に伝えます。
2-1. 年齢・性別・主訴・現病歴
傷病者が現在最も訴えている症状(主訴)から伝えます。
例:○歳の男性、主訴は○○。症状は、○○(発症時期)から△△をしている時に発生しており、●●(性状・波など)です。過去に同症状(あり・なし)。
2-2. 観察内容・処置・評価
傷病者の訴えに続けて、救急隊の観察所見・実施した処置・評価を伝えます。疑い疾患の根拠となる所見をしっかり伝えることで、病院選定の理由も明確になります。
例:観察した結果、初期評価は(良・悪)。△△の症状があり、○○疾患を疑っています。■■(処置)を実施し、現在●●の状態です。
2-3. バイタルサイン
例:バイタルは、意識○、呼吸○、脈拍○、SpO2 ○%、血圧○/○、体温○℃です。
バイタルサインは、異常がある項目のみを伝えることもできます。特に現場滞在時間を短縮したい場面では、異常値を中心に伝えることが有効です。
また、選定した病院区分(一次・二次・三次・専門・かかりつけ)を合わせて伝えることで、病院側が判断しやすくなります。
例:三次対応と判断しました。
3. 過去の状況(既往・かかりつけ・服薬)を伝える
例:既往に高血圧(HT)があり、△△病院かかりつけです。(□□を処方されています。)
4. その他の情報を伝える
必要に応じて以下を追加します。
- 病院到着までの推定時間
- 同乗者の有無
- ADL(日常生活動作の状況)
例:家族同乗、ADL(自立・要介護)、病院到着まで約○分。
5. 受け入れ可否を確認する
最後に受け入れ可否を確認します。
例:受け入れ可能でしょうか?
受け入れが確認できた場合、以下を合わせて確認及び隊内周知します。
- 受け入れ医療機関名(搬送先の取り違えを防ぐため)
- 担当医師名(復唱して確認する)
- 受け入れ部署(病院側の指定がある場合)
- 到着時の動線・入り口(基本的には病院側から指定される)
- 搬送中に容態が変化した場合の再連絡方法
電話交渉テンプレート例
以下は一般的な例としての参考です。地域・所属の運用によって内容・順序は異なります。
○○救急隊の△△です。
脳疾患が疑われる傷病者の受け入れ要請です。
○歳の男性、主訴は○○。
症状は、○○(発症時期)から△△をしている時に発生しており、●●(性状など)です。
過去に同症状なし。
観察した結果、初期評価は(良・悪)。△△の症状があり、○○疾患を疑っています。
■■(処置)を実施し、現在●●の状態です。
バイタルは意識○、呼吸○、脈拍○、SpO2 ○%、血圧○/○、体温○℃。
三次対応と判断しました。
既往に高血圧(HT)があり、△△病院かかりつけです。
家族同乗、ADL(自立・要介護)、病院到着まで約○分。
受け入れ可能でしょうか?
(受け入れ可の回答後)
受け入れ医療機関名と担当医師名を復唱します。△△病院の□□先生でお願いします。
受け入れ部署は△△でよろしいでしょうか?
到着時の入り口・動線を教えてください。
搬送中に容態が変化した場合の再連絡先を教えてください。
受け入れ不可の場合の対応フロー
受け入れ不可の回答を受けた場合の対応は、所属機関の手順に従うことが前提ですが、以下のような段階で進めます。
ステップ1:次候補病院へのコール
あらかじめ候補として挙げていた病院に順次連絡します。PEMECでも、ファーストコールで受け入れを断られた場合は次の医療機関を選定し、再度ファーストコールを行います。
【標準的見解】(日本臨床救急医学会『PEMECガイドブック2023』)地域のプロトコルによっては、コール順序に優先ルールが設けられている場合があります。
ステップ2:搬送困難事案への移行判定
一定回数以上の受け入れ不可・一定時間以上の交渉継続となった場合、「搬送困難事案」として扱うかどうかを判断します。
判定基準は消防本部ごとに定められていることが多く、例えば「受け入れ照会4回以上」「現場滞在30分以上」などが基準として設定されているケースがあります。
総務省消防庁の受入れ状況調査では、受入れ照会4回以上の事案と、現場滞在時間30分以上の事案が、それぞれ別の指標として集計されています。【ガイドライン準拠】(出典:令和2年版 消防白書(総務省消防庁、2026年10月閲覧))
ステップ3:救急コーディネーターへの連絡
搬送困難事案と判断した場合、都道府県や消防本部が整備する救急コーディネーター制度を活用できる場合があります。
救急コーディネーターは医師が担当するケースが多く、医療機関との調整を支援する役割を持ちます。制度の有無・連絡方法は地域によって異なります。
ステップ4:指令センターへの報告・指示要請
交渉が長期化・困難となった場合は、指令センターへ状況報告と指示要請を行います。
交渉時に意識したいポイント
医療機関の判断を尊重する
受け入れの可否を最終的に判断するのは医療機関です。断られた場合は、理由を確認できる範囲で確認した上で次の候補に切り替えます。理由が言及されない場合は、「次の病院交渉で必要となることがあるので、受け入れ不能の理由を教えていただけませんか?」のように尋ねると角が立ちにくくなります。
交渉の記録を残す
コールした医療機関・時刻・回答内容は記録に残します。搬送困難事案として報告が必要になった場合の根拠となります。
地域・所属ごとの運用差について
冒頭で触れたとおり、病院交渉の手順・基準は地域や所属機関のプロトコルによって異なります。主な差異が生じやすい点の例:
- コールする病院の優先順位(地域内の輪番制など)
- 搬送困難事案の定義・移行基準
- 救急コーディネーター制度の有無・利用方法
- 医師への直接連絡の可否
- 特定行為指示要請の手順
この記事では一般的な考え方の整理を目的としており、個々の運用判断は所属機関のプロトコルおよびメディカルコントロール体制に従うことが前提となります。
よくある疑問
- 情報が揃っていない状態でもコールしてよいですか?
-
問題ありません。「現時点で確認できている情報」として伝達し、追加情報は随時報告する旨を伝えます。情報収集を待って搬送が遅れるよりも、不完全でも早期にコールすべき場面があります。
- 受け入れを断られ続けたとき、どのタイミングでコーディネーターに頼ればよいですか?
-
所属機関のプロトコルで定められた搬送困難事案の基準(コール回数・経過時間など)を超えた場合が一般的な目安です。基準に達する前でも状況が困難と判断した場合は、早めに指令センターへ報告・相談します。
- 何回断られたら搬送困難事案ですか?
-
定義は消防本部・都道府県ごとに異なります。総務省消防庁の調査では、受入れ照会4回以上と現場滞在時間30分以上が、それぞれ指標として使われています(本文の出典を参照)。自分の本部の基準は、所属機関のプロトコルで確認してください。
- 病院交渉中に傷病者の状態が急変したらどうしますか?
-
交渉を一時中断または打ち切り、処置・搬送を優先します。交渉中の病院に状態変化を伝えた上で受け入れを継続確認するか、別の病院にコールし直すかは状況と所属のプロトコルに従います。
まとめ
- 伝達の順序:要請概要(疾患・受け入れ要請)→ 現在の状況(年齢・性別・主訴・現病歴・観察所見・バイタル)→ 過去の状況(既往・服薬)→ その他(到着予定・ADL)→ 受け入れ可否確認
- 重要なポイント:疑い疾患を冒頭に伝えることで相手の準備を促す。バイタルは異常値を中心に伝える選択肢がある
- 受け入れ不可時:次候補へのコール → 搬送困難事案への移行判定 → コーディネーター連絡 → 指令センター報告
- 記録の必要性:コールした医療機関・時刻・回答内容を記録する(搬送困難報告の根拠)
- 前提:伝達手順・搬送困難の移行基準は所属機関のMCプロトコルが最優先。実際の運用は所属機関のプロトコルを確認する
参考資料
- PEMECガイドブック2023(日本臨床救急医学会)
- 救急救命士標準テキスト/救急標準テキスト

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